悪についてのはなし
悪についてのはなし
僕がまだ地元にいた頃、だから22歳までの間だけど、男女5名ずつ程からなる仲良しグループの一員だった。
元は、小学校の同級生だった僕らだけど、いつからか結びつきが強くなり、多い頃は毎日会っては、恋愛や芸能人の話など、他愛もない話を公園やファミレスで繰り返していた。
そのグループの中では基本的に恋愛関係はなかったように記憶しているが定かではない。
どうせ僕の知らないところで、あいつとあいつはセフレ、みたいなことがあっただろうし、3P、4P等もあったかもしれない。でもそのグループ内で明示的な恋人関係というのはなかったと思うし、みんなただの友達として接していた。
グループ内にA子という女の子がいた。彼女は顔は普通やや下のタヌキ顔だったが、僕らの仲間内では信じられないほどおしゃれで、絵画にめっぽう明るい芸術家肌の女の子だった。美術の教科書にのっていたクリムトの接吻を切り抜いて部屋にはっていた。
体は信じられないほど細く、胸は本当に薄っぺらくて、アンバランスにお尻が大きかった。
中学生の頃からハイヒールをはいていて、大きなお尻をくねらせながら、かかとを鳴らし歩いていた姿を強烈に覚えている。
最初に断っておくが、僕は彼女と男女の関係になったことはないし、なりたいと思ったこともない。
彼女も同様に僕に対してそんな感情をいだいたことはないだろう。僕らはただの幼馴染だった。
A子はとにかく昔からモテた。彼女の持つ独特な雰囲気がそうさせたのだろう。
初体験の相手は、確か僕らが中学1年生の頃、3年生のサッカー部のキャプテンだったはずだ。
その頃の僕らにはセックスなんて、ツチノコと同じようなものだった。本当に存在してたんだなんて思った。
とても人気のある人だったから、先輩女子達から恨まれて辛い、と嬉しそうに話していたことを覚えている。
彼との恋愛を皮切りに、彼女は数度の恋愛を経験していくことになる。
そして、高校生の時に地元で有名なバンドのシンガーと付き合い初め(彼は女癖と暴力、借金で有名だった)、
男に殴られる生活が始まった。
A子は僕らの集まりに度々顔を腫らしてきた。
彼に殴られたの、と彼女は事も無げに言っていた。
でもその後とても優しいの。
僕らの仲間内に聖人よりも清いと言われたB男という奴がいた。
彼は容姿も成績も普通だが、いつも学級委員に任命される、3年生では会長を務める、
バレンタインデーには、クラスの真ん中より下の容姿の女の子たちからこぞってチョコレートを
もらう、そんな優しさと正義感の塊みたいなやつだった。
いつも自分のことより他人のことで怒りを感じていた。
ケガでとても大切な試合を欠場し、大きなチャンスを失った僕の側に、何も言わずずっといてくれた。
グループにいたやつらはみんな同じようなエピソードを1つは持っていた。
清い人間が基本的には苦手、かつ嫌いな僕でも、そいつだけは特別だ、そんな風に思えるやつだった。
もちろんB男は、A子が彼氏に暴力を振るわれていることに憤慨し、A子と彼を別れさせることにした。
A子を説得し、DVというものがどういったものか理解させた後、彼に話をつけに言った。
「A子と別れて欲しい」
「お前には関係ないだろ」
「関係ないわけない。彼女は友達だ」
「お前、さてはA子に惚れてるんだろ。こいつベッドで乱れる」
みたいなテンプレな会話があったのかどうかは知らないが、B男は見事A子と彼を別れさせることに成功した。
B男自身、彼に殴られ顔中腫らすはめにはなったが、とても嬉しそうだった。
B男が嬉しいのであれば、僕らも嬉しい。僕らも心から喜んだ。
ちなみに彼は決してやり返さなかったそうだ。僕自身幼馴染の彼が暴力を振るうところをみたことがない。
彼は人を守るときでも、ただ、耐えるタイプだ。代わりに殴られ耐える。僕にはとても真似出来ない
この後の展開は、極めてありがちな展開だ。途中まで。
B男はもちろんA子に女性としての興味があったわけじゃないから、A子と付き合ったわけではない。
別れさせて、その後は普通に友達として接した。
A子は一人ぼっちになってしまった。
A子は男なしで生きられないタイプだ。
ひょんなことから元カレに連絡を取ってしまったことをきっかけに、ずるずると進んでいき、関係が戻る。
A子はまた顔を腫らして僕らの集まりに来るようになった。
「ごめんねB男。私が弱くて」
B男はまた憤慨する。最初からやり直し。ダ・カーポ。B男が顔を腫らして二人を別れさせるが、また寄りを戻す。
これを数年間繰り返していた。その間に、A子は彼の子供を下ろした。産婦人科についていったのはもちろんB男。
繰り返される惨劇に、僕らは心底飽き飽きしていたので、特になんの同情もしていなかった。
ただ、A子に対する悪感情もなかった。多分それはA子の人としての魅力がなせるわざだし、僕らは幼馴染だった。
基本的には好きも嫌いもない。
ただ、惨劇の繰り返しにも終わりは来る。どうしても堕胎を許せなかったB男がA子に交際を申し込んだのだ。
「ごめん。やっと気づいた。全ての原因は寂しくさせる俺のせいだ。これからは俺がずっと一緒にいる」
みたいなことをB男が宣言し、A子はそれを受け入れる。
B男は決意に燃えていた。絶対幸せにすると。B男がそれでいいなら、僕らに異論なんてあるはずはなかった。
ところで、今はもう彼らに会うことがない。全員で会うこと、という意味ではなくて、グループのうち
誰にも会うことはない。多分、会おうと言われれば会う。かもしれない。でも会いたいとは思わない。
思い出すことも殆ど無い。
彼らに最後に会ったのはもう15年ほど前。
B男に腕を折られたA子に会った日。子供みたいに泣きじゃくるB男にあった日。
二人が付き合い始めてから1ヶ月ほど経った日のことだった。
「なんでこんなことになるの?」と僕はB男に尋ねた。
「わからない。なんで俺がそんなことをするのかわからない」困惑した顔でB男は応えた。
「ただ、A子と一緒にいると殴らなきゃいけないように思えてくる」。
「気づいたら殴りたくなってる」
「そして殴ってる」
「殴ったらもっと殴りたくなる」
「頭ではだめだと思ってるんだ。でも止まらないんだ」
「テリー、なんでこんなことになったんだと思う?」
答えなんて僕は持ち合わせてなかった。B男が人を殴る、それさえ理解の範疇外だった。
今までどんな喧嘩に巻き込まれても決して手を挙げたことのないB男が?
それもA子を?
ただ一つ、なんとなく理解ができたことがあった。
A子の存在は悪なんだということ。それは悪意があるという意味じゃなく、ただ彼女の存在が
善なるものも悪に変えてしまうほどの悪なんだということ。
彼女はもちろん殴られたいわけじゃない。それを誘導したわけでもないだろう。
「殴らないで」と泣きながらお願いしたかもしれない。心から願ったかもしれない。
でも、避けようもなく彼女は殴られてしまう。殴ら”せて”しまう。
僕はそれ以上B男と一緒にいたくなかった。A子にももちろん会いたくなかった。
多分その感情は、恐怖に一番近いんだと思う。
僕だけではなく、グループのみんなは同じようなことを感じてたんだと思う。
結果、誰も集まろうと言わなくなった。彼らのその後について何も知らないし、もう死ぬまで会うことはないんだと思う。
(実はそのグループのうち一人の女の子については、もう少しだけ話の続きがあるけど、それはまたいつか)
最近、かみさんと息子の将来について話をすることがあった。
「息子にどんな人間になってもらいたい?」というかみさんからの問いに対して
僕の頭に浮かんできたのは「B男みたいに」というものだった。
そして、「決してA子と出会わないように」